コラム

#21 データ連携に舵を切るG7
谷脇康彦(デジタル政策フォーラム顧問)

2023年5月23日

 G7の2023年開催国である日本は、4月末に開催されたデジタル・技術大臣会合(群馬県高崎市)に続き、5月にはG7広島サミットを開催し、首脳コミュニケをまとめて閉会した。本稿では、この2つの会合の成果について、特にデジタル政策の観点から整理してみたい。

 今回の一連の会合の中で、デジタル政策の領域ではやはりAI(人工知能)に最も大きな関心が集まった。ChatGPTなど生成AIの登場が衝撃的に受け止められる中、メディアの関心もここに集中した感があった。今回の首脳コミュニケにおいては、「生成AIに関する議論のために、包摂的な方法で、G7の作業部会を通じた、広島AIプロセスを年内に創設する」という方針が示された。そして、「これらの議論は、ガバナンス、著作権を含む知的財産の保護、透明性の促進、偽情報を含む外国からの情報操作への対応、これらの技術の責任ある活用といったテーマを含み得る」としている。

 この首脳コミュニケの内容について3点指摘しておきたい。

 第一に、AIにおける議論はこれまでの積み重ねの上に成り立つものだということだ。日本の場合、2019年3月に総合イノベーション戦略推進会議が公表した「人間中心のAI社会原則」がある。その中で「公平性、説明責任及び透明性の原則」という柱の下、「AIを利用しているという事実、AIに利用されるデータの取得方法や使用方法、AIの動作結果の適切性を確保する仕組みなど、用途や状況に応じた適切な説明が得られなければならない」としている。この基本原則に修正を加えるべき点はなく、議論の土台とすべきだ。「広島AIプロセス」においては、AIのガバナンスや透明性確保の観点から、どのような具体的な運用ルールが求められるのか、あるいは透明性確保のための技術としてどのようなものがあり、これを実装するためにすべきことは何かといった点について、法規制ありきではなくソフトロー的なアプローチで議論が進むことを期待したい。

 第二に、首脳コミュニケでは特に偽情報を含む外国からの情報操作への対応に触れられている。2022年12月、政府が閣議決定した「防衛力整備計画」の中では、「認知戦を含む情報戦等への対処(能力の強化)」の一環として、「AIを活用した公開情報の自動収集・分析機能の整備」が盛り込まれている。認知戦におけるAIの活用についてG7首脳レベルで言及されたのは注目されるところであり、今後の議論の内容に引き続き注目していきたい。

 第三に、上記の項目とも関連するが、首脳コミュニケではAIの軍事利用のあり方については明確には触れられていない。

 本年2月にオランダ・ハーグにおいて開催されたREAIM(軍事領域における責任あるAI利用=Responsible AI in the Military Domain)会合において、米国務省は「人工知能及び自律性の責任ある軍事利用に関する政治宣言」なる文書を公表している。この文書の中では、軍事分野におけるAIの開発・配備・使用に際し、「AIを国際法の義務に合致した形でのみ使用すること」や「意図しない偏り(unintended bias)を最小化する対策を講じること」など自主的に遵守すべき規範(ノーム)を示し、そのコミットメントをオープンにすることを提案している。今後、こうした軍事AIについての議論も深めていく必要があるだろう。

 なお、デジタル政策フォーラムではAIを巡る政策の方向性について、今後本格的に議論を深めていくこととしている。

 さて、AIほどの注目度ではなかったものの、検討の実質的な進展が見られたのは、データ連携に向けたG7の取り組みだ。

 デジタル政策フォーラムでは、今回のG7に向けて「デジタル政策におけるグローバル連携の実現」と題する提言を公表した。この中で、「DFFT(Data Free Flow with Trust)を実現するための議論は“総論から各論に”移行すべき時期が来ている」との基本姿勢の下、データ連携の促進、データセキュリティの強化、サイバー国際ルールの整備を3本柱として推進することを提言している。特に、「データの経済的価値やデータ流通などの学際的な検討課題については、OECDなどの国際機関等の場の活用、新たな官民パートナーシップによる中立的組織やプロジェクトの組成を通じ、産学官民を交えた実効性のある議論が継続されることを強く期待する」としている。

 今回の閣僚宣言では、このデータ連携についてIAP(パートナーシップのためのアレンジメント=the Institutional Arrangement for Partnership)を設立し、データガバナンスに関する専門家で構成するコミュニティとして、OECDを軸としながら活動を展開していくという具体的な方針が示されており、フォーラムの提言とも平仄のとれた方向感となっている。

 IAPでは、今後、①データに関する既存の規制要件に適合的なデータ流通を可能にするための相互互換性のある政策、ツール、プラクティスの開発、②DFFTに対する主要な阻害要因及び課題の特定、③プライバシー強化技術(PETs= Privacy Enhancing Technologies)などの技術開発、④モデル契約条項などのリーガルプラクティスや国際プライバシーフレームワーク等の認証メカニズムなどについて議論を進めていくこととなっており、その動向を注視するとともに、フォーラムとしても継続的にIAPの議論に貢献していきたい。

 今回、あまり大きな進展がなかった項目もある。それはインターネットガバナンスに関する議論であり、旧西側諸国が共有するマルチステークホルダー主義の重要性について首脳コミュニケで若干触れられたものの、G7を梃子としてもう一段踏み込んだ議論を行うまでには至っていない。この点、本年10月には京都においてIGF(Internet Governance Forum)が開催されることとなっており、フォーラム提言でも触れられているPublic Core Internetのコンセプトの具体化など議論を深めていく必要があるだろう。

 逆に想像以上に触れられていたのがデジタルインフラの冗長性だ。閣僚宣言では「地上系ネットワーク、海底ケーブルネットワーク、非地上系ネットワークからなる複層的なネットワークを開発、展開、維持」することの重要性を指摘しつつ、ネットワークの相互運用性を確保することがネットワークの強靭性を高めることに貢献するとしている。

 これは、ロシアによるウクライナ侵攻事案においてスターリンクに代表される通信ネットワークを含むデジタル技術の活用の優劣が戦況に大きな影響を与えているという認識と関係しているだろう。地域において有事が発生した場合に国内事業者間はもとより、有志国間の連携によるネットワークの相互運用によってクリティカルなデータの流れを確保し、敵対国の侵略を防ぐことの重要性が色濃く出ている。

 このようにデジタル政策に関わる今回のG7の議論をみてみると、デジタル技術のあらゆる領域への浸透によってグレーゾーン事態やハイブリッド戦争が現実のものとなってきていることと関係してきているとの印象を受ける。

 最後に、今回の高崎でのデジタル・技術大臣会合のサイドイベントとして、デジタル政策フォーラムはオープンカンファレンスを開催した。平井卓也元デジタル大臣、山本一太群馬県知事をはじめ、参加いただいた有識者の皆様ほか関係者の皆様に心から感謝したい。

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