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デジタル政策フォーラムアジェンダ(2021年度版)

5つのアジェンダ

データ駆動社会におけるデジタル政策の基本的視点

 社会のデジタル化が進み、データが「社会経済システムを循環する血液」となり、データの生成・蓄積・解析・活用が新たな価値を生み出すデータ駆動社会(data driven society)が到来する。データは無形資産であり、その経済的価値を十分に評価できる手法は未だ確立されていない。また、データ生成の限界費用が著しく小さいことやネットワーク効果などにより、データを収集・蓄積するプラットフォーマーの独占性が高まり、労働分配率の一層の低下を招く富の分断を加速化する一因になっているとの指摘もある。

このため、データ駆動社会における市場特性を踏まえつつ、プラットフォーマーなどによる新たな独占性をどう評価していくのかについて議論を深めるとともに、データが円滑に越境流通するための環境づくりとして国際的なルールづくりなどを進める必要がある。

さらに、データ駆動社会において国(政府)が果たすべき役割として、データ流通促進のための環境整備、データ駆動型ビジネスへの投資促進のための環境整備、データ駆動型ビジネスを促す基礎研究の飛躍的拡充(データ駆動社会に適用可能な研究への資源配分の重点化)、特に非IT領域を中心とする人材育成の強化、地球的規模の課題を解決するためのデジタル&グリーン推進のための総合戦略の具体化など、新たな視点で政策の方向性を検討する必要がある。

市場のボーダーレス化とデジタル政策のあり⽅

 通信ネットワークにおいて、NFV(Network Function Virtualization)/SDN(Software Defined Network)に代表されるようにハード・ソフトの分離が進みつつある。ハード(機器やネットワーク)は各国の領土に所在するが、ソフトはクラウドネイティブに国内外を問わず提供され、ネットワーク上で流通するデータも国境の制約なく自由に流通することが技術的には可能となっている。

こうした中、例えば各国における規制の域外適用が進む事により、一つの事業主体に複数国の異なる規制が重畳的に適用されることで荷重な負担を事業主体に課し、イノベーションが阻害される可能性がある。また、COVID-19の影響によって各国が保護主義的な政策(自国優遇主義)を展開することで円滑なデータの越境流通が阻害されたり、「表現の自由」が過度に規制対象となる可能性も否定できない。また、トラストサービス(ヒトやモノの認証、データの非改竄の証明、データ到達証明など)の基本的要件を標準化することによってデータの越境流通を促進するという視点も欠かすことができない。さらに、フェイクニュース対策などの面においても各国の取り組みは大きな隔たりがあり、「表現の自由」などの国家主権の確保に留意しつつ、可能な限り国際協調の道を探ることが必要だろう。

そこで、デジタル市場がボーダーレス化し、国境のないサイバー空間における社会経済活動における各国の政策協調を通じ、民間活力を阻害しないような「規制の最小化」「規制の標準化」「規制の透明性確保」を実現していくことが必要となってくる。その際、かつてモノの取引の自由化、サービス貿易の自由化がWTOの場において議論され、認識の共有化や国際的なルール作りが図られたように、これに続くデータ取引の自由化のための国際的な枠組みをどう構築し、かつどのような項目をいかなる方向性を持って盛り込んでいくのか(円滑なデータ越境流通を進めるための「デジタル貿易協定」のあるべき方向性やこれに盛り込むべき内容)について議論を深める必要がある。

デジタル市場の構造的変化がデジタル政策に及ぼす影響

 デジタル市場においては、集中と分散が一定の周期で繰り返されてきた。コンピュータ(のインテリジェンス)の世界ではメインフレーム中心の集中の時代からオフコン・パソコンに代表される分散の時代、さらに仮想化・並列分散処理によるクラウド化による再統合などが起きてきた。今後は集中(クラウドコンピューティング)と分散(エッジコンピューティング)のベストミックスを目指すインテリジェンスの遍在化が継続的に起きていくのではないだろうか。

こうした中、ネットワークの分野ではハードとソフトの分離が始まり、ソフトがクラウドネイティブに提供されることでクラウドサービス提供者がネットワーク管理における重要な役割を果たすようになってきた。また、移動通信網はより高い周波数を利用することで一層稠密な基地局整備が求められ、ラストワンマイル(無線部分)を除けば固定通信網との共通性がより高まることも想定される。
このように、デジタル市場において異なる領域の事業者が連携したり、これまで異なるとされてきた市場の同質化が進むことが想定される。このため、デジタル市場の構造的変化とはどのようなもので、それがデジタル政策、とりわけ競争政策のあり方にどのような影響を与えることになるか前広な議論を進めていく必要がある。

また、デジタル政策は競争制作にとどまらない。デジタル政策の目的はデジタル技術を横串として社会経済システムの幅広い変革をもたらすことにある以上、より幅広い観点から、産業政策や消費者保護政策のあり方についても見直しが求められるのかどうか検討が必要である。

データ駆動社会と知財・コンテンツ政策の⽅向性

 デジタル社会においてコンテンツ配信における垣根がなくなり、伝送路の多様化、コンテンツクリエータの多様化、収益構造の多様化などが進む中、複雑な市場構造を仕切るプラットフォーマーの役割も大きい。特にデータを活用したコンテンツ制作、さらにコンテンツ利用から得られるデータの収集・解析・活用など、コンテンツは最終財ではなく中間財として経済を支える重要な部分となっている。

このため、コンテンツの配信・共用におけるコスト最小化と利益配分の迅速化のための仕組み作り、コンテンツ配信プラットフォーマーをはじめ主要プレーヤーが果たすべき役割(当該役割を担保するための共同規制的ソフトローのあり方)、AIによるコンテンツ制作の著作権問題など、新たな課題について議論を具体化していく必要がある。

データ駆動社会におけるルールのあり方

 従来の社会ルールは法的規制(ハードロー)を中心としてきたが、技術革新や市場構造変化が著しい中、官民連携による共同規制、民間部門の自主規制(事業者ガイドライン)、など、多様なルールのあり方が議論となっており、どのような場合にどのルール形式を適用するのが適当かコンセンサスを得る必要がある。例えば、共同規制は政府が基本的な政策の方向性をまとめ、これに賛同する民間事業者等が合意書を締結し、その遂行は民間事業者が主体的に行い、その結果を国は客観的に評価することを基本とするが、こうした共同規制のプロセスの透明性・客観性の確保を実現していくために必要な事項を整理(ガイドライン化)する必要がある。その際、市場が国境を越える中、国際的なコンセンサスを各国がどう制度として担保していくのか(国内法の域外適用、条約等に基づく国内法での担保など)についても検討が必要である。
また、サイバー空間における脅威の国内外での高まりを踏まえ、国内・国際の双方の観点から、サイバーセキュリティ確保のためのルールの策定・運用について、国と民間の役割分担や連携のあり方について検討が求められる。
さらに、データ駆動社会はもはや通信政策の枠にとどまらない広がりを持つ。デジタル政策が社会経済全体に大きな影響を及ぼす中、今後のデジタル政策を巡る議論についてどのような形でステークホルダーを巻き込み、コンセンサスの形成を図っていくことが考えられるのか。広義のインターネットガバナンスのあり方について議論を始める時が到来しているのではないだろうか。


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