終章 デジタル政策フォーラム―次のステップ

Speakers
谷脇 康彦(たにわき・やすひこ)
デジタル政策フォーラム 代表幹事
インターネットイニシアティブ(IIJ) 取締役副社長執行役員

 1984年郵政省(現総務省)入省。内閣審議官・内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)副センター長、総務省情報通信国際戦略局長、政策統括官(情報セキュリティ担当)、総合通信基盤局長、総務審議官などを経て2021年総務省退官。2022年よりインターネットイニシアティブ取締役副社長。慶応義塾大学院メディアデザイン研究科特別招聘教授(非常勤)。著書に、「教養としてのインターネット論」(2023年、日経BP)、「サイバーセキュリティ」(2018年、岩波新書)、「ミッシングリンク」(2012年、東洋経済新報社)、「インターネットは誰のものか」(2007年、日経BP)など。

中村 伊知哉(なかむら・いちや)
デジタル政策フォーラム 発起人
iU 学長

 京都大学特任教授、東京大学研究員、慶應義塾大学特別招聘教授、デジタル政策財団理事長、CiP協議会理事長、国際公共経済学会会長、日本eスポーツ連合特別顧問、大阪・関西万博2025 事業化支援PTプロジェクトリーダー、理化学研究所コーディネーターなどを兼務。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。MITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長、慶應義塾大学教授を経て、2020年4月よりiU学長。内閣官房、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省などの参与・委員を歴任。著書に『新版 超ヒマ社会をつくるーアフターコロナはネコの時代―』(ヨシモトブックス)、『コンテンツと国家戦略』(角川EPUB選書)など多数。1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。

菊池 尚人(きくち・なおと)
デジタル政策財団 理事
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授

 1969年生。専門はデジタル政策、コンテンツ政策。慶應義塾大学経済学部卒業後、郵政省(現総務省)に入省。情報通信分野の研究開発行政や規制緩和に従事。フランス・パリ高等商科大学にてヨーロッパ各国の通信・放送融合などを調査。現在、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授のほか、デジタル政策フォーラムの事務局を務める。あわせて、一般社団法人CiP協議会専務理事、公益財団法人情報通信学会常務理事、民放連研究所客員研究員などを務める。

クロスボーダーに議論する場としてのデジタル政策フォーラム

菊池 様々な分野にわたる12人の識者に、「デジタル政策」のあり方についてお話を伺ってきました。デジタル技術の発展によって、今までのやり方が通用しない場面が増えてきていること、インターネットガバナンスが難しい局面を迎えていること、新しい時代に対応するための「デジタルガバナンス」が必要であること、等々のご指摘をいただきました。
 「日本がデジタル敗戦から立ち上げるため」を旗印にデジタル政策フォーラム(DPFJ)が立ち上がってから2年半が経ちました。その間の世界の変化、日本の状況、識者の皆さんからの指摘を踏まえ、改めて、デジタル政策フォーラムのレーゾンデートルについて伺いたいと思います。

谷脇 フォーラムを設立したのが2021年の9月で、コロナ禍で世界中が苦しんでいる真っ只中でした。インターネットをはじめとするデジタル技術があったことで何とか生活や経済が成り立っている状況でした。そういう状況だったからこそ、デジタル技術の利便性と重要性について多くの人たちが再確認し、デジタル技術を積極的に活用して、働き方や公共サービスなど社会全体をより良くしていこうという気運が強まりました。
 ところが、コロナ禍が去り世の中が平常に戻っていくにつれて、その気運が薄れ、デジタル技術による社会変革の勢いもトーンダウンしているような印象を受けます。あれだけの災禍を経ても人々の意識や社会の仕組みというものはそう簡単には変わらないものなのだなと痛感します。
 最近のデジタル分野の議論を見ていても、「“日本の”国際競争力の強化」ということを相変わらず繰り返している方々がいます。日本のプレイヤーが産業や技術の国際競争力を持つことは一般論としては大賛成なのですが、どうも前提条件がかみ合っていないのです。国際競争力とは単なるグローバル市場における市場占有率(シェア)ではありません。それは市場において競争を行った結果に過ぎないのです。これまでの業態の枠を越えた新事業がどれだけ誕生しているのか、新しい技術のうち市場投入されるものがどの程度存在しているのか、そうした市場競争のためのファンダメンタルズが整っていることこそ国際競争力ということだと思います。
 また、多くのデジタルサービス、例えば最近盛り上がっている生成AIも、主導権を握っているのはグーグル、アマゾン、メタ、マイクロソフトなど、アメリカの巨大プラットフォーマーです。情報を寡占的に保有し、これらを学習データとして活用してAIを開発する。その意味でデジタル政策フォーラムを設立した2年半前から状況が変わっていないどころか、彼我の差は拡大する一方です。そして、「クロスボーダー化」があらゆる面で一気に加速しています。データは国境を越えて流通し、サイバー空間は国という概念を超越し始めています。そういう状況の中で「“日本の”国際競争力の強化」などと国境の内側で従来の産業の枠に囚われた議論をしていられる状況にはないのです。
 デジタル技術は、全ての産業の境界を崩してしまいます。私は総務省(旧郵政省)で情報通信政策に長く関わりましたが、昨今は情報通信のコミュニティの内側だけで話していては全体像を俯瞰的に捉えることが難しくなっています。現代のデジタル技術をめぐる議論は、技術だけでなく、経済、文化、外交、安全保障という様々な要素が複雑に絡み合っており、クロスボーダーに議論するための場が不可欠になっています。
 デジタル政策フォーラムの重要なミッションは、産官学の真ん中にポジショニングし、そうした「場」を提供することだと考えています。現時点では、我々自身、「デジタル政策」というものはこういうものだと厳密に定義できているわけではありませんが、産官学の様々な専門領域を持つ方々に集まっていただき、議論を重ねていくうちに、何をすべきなのか、議論の方向性はどうあるべきなのかということが徐々に浮かび上がってくるのだと思います。
 「デジタル政策」という言葉は我々がフォーラムを立ち上げた頃にはあまり使われていなかったのですが、最近は特に内外のレポートや文献でDigital Policyについて書かれたものが増えています。こうした流れをデジタル政策フォーラムとしてしっかり受け止めて議論を深めていきたいと思います。

菊池 日本のデジタル貿易赤字は増え続けていて、2023年には5.5兆円に達しました。5年前から倍増です。海外プラットフォーマーへの支払いなどが膨らむ一方、日本から海外に売り込めるデジタル財が乏しいことを如実に表しています。中村さんはデジタル政策フォーラム発起人のお一人ですが、立ち上げからの2年半、あるいはデジタル敗戦の20年を、どのように振り返りますか。

中村 デジタル化の黎明期である約30年前、中央省庁再編の議論が始まりました。僕は当時の郵政省でそれを担当していて、「情報通信全体を担うような省庁を作るべき」という意見を具申したのです。今の総務省、経済産業省、文化庁、内閣・知的財産戦略本部の最小公倍数のようなイメージでしたが、当時の国家政策としては「そんなものはいらない」ということになり、郵政省は危うく解体されそうになりました。その後、デジタル庁が発足しましたが、デジタル政策の司令塔というよりはエージェンシー機能であり、最大公約数的なものでした。
 我々がデジタル政策フォーラムを立ち上げた頃、コロナ禍でデジタルを皆が使い始めたらサービスの多くが海外製で、ようやく「デジタル敗戦」という現実にみんなが気づいたわけです。僕からすれば、「そら見たことか」なんです。何もやってこなかったから、こうなったんだと。  じゃあ、どうするのかということで作ったのがデジタル政策フォーラムです。クロスボーダーで、マルチプレイヤーで、総合的だけど分散型で、そんな場を日本に作らなければならないという理念が多くの賛同者を集めました。過去20年、「政治主導」の名の下に霞が関の政策力が削がれてしまいました。ならば、産官学がタッグを組んで補っていくしかない――。そんな矜持もありました。
 それから2年半の間にデジタルがらみで世界に激震が走りました。一つは、ロシアによるウクライナ侵略。デジタルが主戦場になった戦争が現実に起きた。デジタルが国家安全保障の観点で非常に大事なポジションを占めるようになって国家が相対化してきた。19世紀型国家の顔が再び大写しになって残酷な地上戦を仕掛けている。この状況をしっかりとらえておきたい。もう一つは、AIの登場。正直、2年半前にはAIがここまで急速に、強力に進化するとは想像していなかった。この状況についても、根本的に考え直さなければならないと思いますね。

国家が相対化し、行政の役割も変わった

菊池 「デジタル敗戦」と聞くと、そもそも戦ってきたのか、戦いを避けてきたのではないか、不戦敗だったんじゃないか、という気もしています。デジタル政策という大きな指針・戦略がなかったために、何と戦うのか、いかに戦うのか、という肝心なところが見えていなかったことが敗因だったと思います。では、ここから巻き返していくための「デジタル政策」とはどうあるべきなのか、日本はどうすべきなのでしょか。

谷脇 デジタル政策を考えるうえで大切なことは、行政が果たすべき役割が大幅に変化していることをしっかり受け止めることです。日本経済の成長時代には、富が増え続けていますから、パイの分け方について強い不満は出ませんでした。官がルールを作り、民が従うという形がよく機能しました。
 ところが、富が増えなくなって事情が一変します。縮小するパイをどう分配するかはプレイヤーにとって死活問題になりました。しかもモノ(有形資産)を作ることに長けてきただけに、データやコンテンツ(無形資産)へと主役が置き換った途端、皆が右往左往してしまいました。そのタイミングで強力な政策司令塔がなかったことが混乱に輪をかけてしまいました。
 では、そういう中でデジタル行政は何をすればいいのか――。官がルールを作り民が従うといった旧来スタイルではないことは確かでしょう。軸足は光ファイバー網のようなインフラではなく、コンテンツやデータといった無形資産に移していくこと。米系の巨大プラットフォーマーが跋扈する世界で、日本の存在感をどの部分で見せていくのかという戦略を大胆に練り上げること。Web3に象徴されるような「分散型」の潮流と歩調を合わせ、マルチステークホルダーを巻き込みながら推進していくこと。そうしたことが必要条件になると思います。無形資産や分散型というのは日本の行政が苦手な部分かもしれませんが、なんとしてでも適応していかなければなりません。

中村 デジタルで国家が相対化し、プラットフォーマーが並の国家よりも巨大になり、Web3などによってグローバル市民が勃興するかもしれない。浮かび上がってくるのは、国家VSプラットフォーマーデジタル市民VSプラットフォーマーという新たな対峙構造です。従来型国家政策の延長線上に正解はないように思います。僕は、アメリカもヨーロッパ各国も、おそらく中国さえも、そのことに気付き始めていて、実際のところ頭を抱えているのだと思います。
 日本では逆に、台湾の半導体工場を誘致し、それに巨額の補助金をつけるといったような「古い産業政策」の色彩が回帰してきたように感じます。政策サイドには、強力な産業政策を展開する韓国、台湾、中国に対抗しなければならないという危機感が募っていたのだとは思いますが、日本の行政は30年ほど前にそれを一度諦めたはず。再挑戦は良いのですが、なんとなく拙速というか、議論が尽くされていないというか、時代錯誤というか・・・。これは、デジタル政策フォーラムで議論すべき重大なテーマだと思います。

谷脇 よく分かります。伝統的なケインズ経済学では「ハーヴェイロードの前提」(Harvey Road presumption)として、官は民よりも情報優位にあるため官による政策の実行が国民経済的にみて望ましいとされていました。確かにデジタル技術が登場する前の時代においてこの前提は成り立ちましたが、今ではプラットフォーマーが大量のデータをリアルタイムに収集・蓄積していて、政府の情報力を凌駕しています。そうした意味でも、国家の優越的地位が相対的に低下しているというのはあると思います。
 経済安保の名の下に丁寧になすべき議論がおろそかになり、ラフな議論のままで重大な決定が下されたりすることがないよう心がけていくことが必要です。産業政策、競争政策、外交政策、安保政策などの政策オプションを全部、一度テーブルの上に並べて、政策の整合性はちゃんと取れているのか、論理的に結論が導かれているか、どのような説明責任を果たすべきかといったことを俯瞰的に議論する必要があると思います。そうした議論を行う場合、これに関与する人が多岐にわたり、コミュニティも分断されていたりするので、そうした場をデジタル政策フォーラムが用意し、そこからデジタル政策の議論の厚みを増していくことが必要だと思っています。

デジタル政策の人材育成・コミュニティ形成が最優先課題

菊池 デジタル政策は、誰がリーダーシップを発揮していくべきだと思いますか。

中村 国家レベルでは、ヨーロッパもアメリカも政治的にガタガタしている中で、日本は良いポジションにいると思います。日本の政治にもいろいろと問題がありますが、世界的に見れば安定しています。中国やロシアのような権威主義国家とも対話できる立ち位置にいます。世界情勢が激しく揺れ動く中で、デジタルを切り口に各国間の調整や橋渡しをするお手伝いができるはず。これは、デジタル時代の新たな役割を日本が担えるチャンスだと思うんですよね。

谷脇 人材レベルでは、デジタル政策を議論する人の絶対数が少ないこと、政策コミュニティが小さいことは日本の大きな課題だと思います。
 アメリカにはシンクタンクが数多く、政府からシンクタンクに出て、時機が来るとまた戻っていくような回転ドア型のエコシステムがあり、政策を担える人材の層が厚い。企業にもパブリックポリシーを担当する人が多く、大学教育が全体を下支えしています。
 日本で政策を作る時にどうするかと言えば、まず官が事務局となって研究会や懇談会を作り、企業や大学やメディアから構成員を募り、10回ぐらい会合を重ねて意見を集め、パブリックコメントを受け付け、最後に政策パッケージとしてまとめるという手順を踏みます。こうした型どおりのやり方で新しいデジタル政策を作れるのかどうか、疑問が残ります。
 まずは、企業人、官僚、学者がそれぞれ政策の分析・立案能力を高めなければなりません。そして、マルチステークホルダーが集まり、所属組織の利益の代弁にとどまらない真剣な議論を重ねること、そして合意を形成するためのプロセスを確立することが必要です。

中村 時代の変わり目で新しい政策を考えることってめちゃくちゃ面白いし、やりがいがある仕事なんだということを、特に若い世代に広めていきたいですよね。クローズドな研究会で、意見を言わせて、パブコメ通して、というやり方は画一的だし、スピード感も足りない。月に1回会議室に集まってという形にこだわらなくても、毎日オンラインで議論したらいいじゃないですか。アジャイルに回していけばいいじゃないですか。そういうことを推進する政策プロデュース能力を養成するプログラムも面白いですよね。

谷脇 政策決定に至る議論のプロセスをアジャイルにやるというのは重要ですね。多様な意見を丁寧に掬い取ることから良い政策が生まれます。ただし、そのプロセスをオープンにすること、そして政策の決定に十分な予見性があること、そして何より政策の遂行において公平性が確保されていることが重要です。

菊池 明治維新の頃の日本は、「お雇い外国人」(外国の知識人)から様々なことを学び取り、殖産興業と富国強兵を進めました。人口減の現代ニッポンにおいても、日本人だけでなんとかしようという考えを捨てて、借りられる知恵なら外国だろうがAIだろうが、どこからでも借りてくるくらい貪欲にならなければいけないと思います。

中村 法律は基本的にAIに書かせればいいと思います。特に「読み替え規定」のような面倒なやつ(一同笑)。人より絶対うまい。嫌がらずにやりますし。

顔が見える政策論議を触発したい

菊池 こうした状況の中、デジタル政策フォーラムはどのような活動を展開していくべきなのか、改めて伺います。

谷脇 私は、政策の議論するときに、下から「端末」「ネットワーク」「プラットフォーム」「データ流通」という四つのレイヤー構造で考えるようにしています。私が長年携わってきた情報通信政策は、下の方のネットワーク層が対象でしたが、NTTドコモが「iモード」の提供を始めた1999年あたりから認証・課金機能や掲載するアプリ・コンテンツを選択するプラットフォーム層の重要性が注目されるようになりました。レイヤーを縦断する垂直統合型のビジネスモデルの中でプラットフォームが市場競争の要という時代が続いていますが、これからの「データ駆動社会(Data Driven Society)」においてはプラットフォームの部分に適切な規制を導入しつつ、その上の「データ流通」層が競争の主戦場になります。4つのレイヤーは下層から上層まで縦にも横にも相互に連関しながら繋がり合って機能しているので、デジタル政策の議論においては全体を俯瞰できる知識と経験が必要です。
 デジタル政策フォーラムの役割は、そうした人材が集まり、学び、議論し、発信できる場を提供することです。特に、若手の学生、研究者、官僚、ビジネスパーソンの皆さんに、デジタル政策づくりはエキサイティングでやりがいに満ちたミッションであることを知ってもらうことが大切です。例えば、U-30(30歳以下)の政策研究者や政策実務家が自分の政策アイデアを積極的に発信できる場を用意し、これを基に若手で構成するセミナーを開催するといったことにも挑戦していきたい。霞が関の課長補佐や調査官くらいの若手にどんどん出てきてもらい、顔が見える政策論議を触発したいと思っています。

中村 政策って、「これで完成」ということがなくて、時代の変化に合わせて新陳代謝を続くものなんですよね。特にデジタルのように技術とサービスの進化が急な分野では、新しい検討課題が次々に派生してきます。最近の例で言えば、NHKのデジタル対応、NTT法廃止の是非、半導体産業への支援、等々、古くて新しい政策課題が目白押しです。
 重要なのは、「政策」をアップデートするためには「政策をつくる人たち」のアップデートが必要だということです。「若手に参画してもらいたい」という谷脇さんの思いの原点は、ここにありますよね。僕は、若手のデジタル政策人材の予備軍はけっこう育ってきていると信じていて、活躍の場さえ用意されれば、わあっと表舞台に飛び出してくるんじゃないかって楽観視しています。
 “霞が関”の政策立案能力の低下が指摘されるようになって久しいのですが、その一因は官と民の結びつきが弱まったことだと思います。行き過ぎた官僚叩きの影響もあります。官民癒着は排除すべきですが、官民疎遠では誰の利益にもなりません。官と民、それに学を加えたデジタルステークホルダーの関係再構築が必要だと思います。デジタル政策フォーラムがそのきっかけになればと願っています。

デジタル革命のセカンドインパクトに備えよ

菊池 日本のGDP(国内総生産)はドイツに抜かれて世界4位に後退し、今後さらに低落する見込みです。そうした中で、官と民の関係性や産業政策のあり方を見直していくのは必然だと思います。それこそ、日本の経済安全保障にとっての最優先課題なのではないかと思いました。大きな歴史観をもって、デジタル政策を組み立てていく必要がありそうですね。

谷脇 2023年9月に上梓した『教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」』[1]にも書いたのですが、経営学者ピーター・ドラッカーは産業革命を2段階に分けて論じています。具体的には、18世紀後半の第一段階では、蒸気機関の発明が「産業革命以前からあった製品の生産の機械化」を進め、生産量の大幅増やコストの大幅減を実現しました。それ自体、大きなインパクトがあったのですが、その約50年後の第二段階で蒸気機関を活用した鉄道が登場したことが大量輸送を可能とし、これによって工場に労働力が絶え間なく供給され、人が集まる都市が生まれることで大量生産・大量消費を可能とする工業化社会の到来をもたらしたとドラッカーは分析しています。
 一次と二次の間には半世紀の時間差があったこと、第二次こそがより大きなインパクトをもたらしたこと――。これは現代のデジタル革命に通じるものがあるのではないでしょうか。インターネットは時間と場所を超越するツールであり、紛れもなく第一次デジタル革命を現実のものとしましたが、これからは、そのインターネットにすべてのモノがつながりデータの生成・流通・解析が猛烈なスピードで行われる第二次デジタル革命が来ると思います。その中核技術の一つがAIでしょう。デジタル政策の焦点は、デジタル革命のセカンドインパクトに備えることだと言って過言ではありません。
 そう考えると、AIにどのように向き合えばよいのかという問いへの正解はまだ見つかっていません。デジタル政策を考えるためには、デジタル技術を制御しつつ、人類の幸福追求のあり方、すなわち哲学やフィロソフィーの部分まで掘り下げなければいけません。そういう点こそが、今回の対談シリーズで指摘され、また我々自身が実感したことでした。発想の大転換が迫られています。

中村 僕は日本政府が提唱する未来社会のコンセプト「Society 5.0」の見方でとらえています。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)の次に、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)が高度に融合した、経済発展と社会的課題の解決を両立する新たな未来社会(Society 5.0)が来る――。1万年くらいの人類の歴史からすると、産業革命というのはわずか100年、200年程度の転換に過ぎない。その時間軸を当てはめると、我々はとてつもなく大きな文明転換期の入り口に立っているんじゃないかと思うのです。デジタル政策っていうのは「文明開化論」なんじゃないか。そんな時期に生きて、その議論に参加できるっていうことを、僕はこの上なくラッキーなことだと思ってます。
 冒頭で話した省庁再編の話に戻ると、当時の政権から「郵政省は独立委員会にしてはどうか?」という案が示されて、「情報通信・デジタルは国家政策のど真ん中。政府の外側に切り出すなんて有り得ない!」って猛反発したことを思い出します(苦笑)。じゃあどうすべきか内部で議論したら意見は三つに集約されました。一つは、産業政策なのだから通商産業省と一緒になるべきだという意見。一つは、インフラ政策なのだから運輸省と一緒になるべきだという意見。一つは、産業もインフラも文化も安保もからむのだから広く俯瞰できる建付けにすべきという意見。最終的には、最後の案に落ち着き郵政省は総務省に組み入れられました。僕は正解だったと思っています。
 しかし、それは霞が関の中の組織再編論に過ぎなかった。デジタル政策のフォーメーションづくりはそういう考え方では絶対にダメです。

谷脇 我が国におけるデジタル政策を巡るコミュニティづくりは非常に重要です。デジタル政策フォーラムは、デジタル政策を基軸とした中立的なシンクタンクとして、産官学のステークホルダーを繋ぎ合う結節点の役割を果たしていきたいですね。

中村 世界に先駆けるような大きな仕掛けを実現するお手伝いをしていきたいですね。政治家、官僚、ビジネスパーソン、アカデミアのチカラを結集すれば、日本にはそれができると僕は信じています。

菊池 武者震いがしてきました。ありがとうございました。

左から、谷脇 康彦、中村 伊知哉、菊池 尚人

 

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<参考情報>

[1] 『教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」』、谷脇康彦著、2023年9月、日経BP刊
https://amzn.asia/d/cgyRTtM