第7章 データ駆動社会とルールのあり方ボーダーレスなサイバー空間でルールをどう定めるのか

Guest Speaker

生貝 直人(いけがい・なおと)
一橋大学大学院 法学研究科ビジネスロー専攻 教授

 慶應義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。東京大学附属図書館新図書館計画推進室・大学院情報学環特任講師、株式会社情報通信総合研究所研究員、東洋大学経済学部総合政策学科准教授等を経て、2021年4月より一橋大学大学院 法学研究科ビジネスロー専攻准教授。2022年9月より現職。

■ この章の問題意識 ■

 一昨年に日本でも刊行された『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか』が注目を集めているように、デジタル分野ではEUが創設する制度が各国政府の規律と世界の企業のマネジメントに大きな影響を与えている。
 生貝先生はデジタル分野におけるEUの制度に関して、インフラ、プラットフォーム、コンテンツの全てのレイヤーに精通されている。EUのデジタル法制について、基本的な枠組みから最近の傾向に加えて、世界が注目するEUによるAI規制について解説いただく。加えて、生貝先生が長年にわたってその有効性を説かれてきた共同規制によるガバナンスについてお聞きする。
 併せて、デジタルアーカイブなどデジタル社会の文化的な基盤についても、持続と発展の両面から伺う。

聞き手=菊池 尚人 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 特任教授

データ、プラットフォーム、AIで再構成されるEUデジタル法制

菊池 AIやグローバルプラットフォームへのEU(欧州連合)の政策対応について、最近の動向をどのように見ていますか。

生貝 欧州委員会、欧州連合(EU)は、2016年にGDPR(General Data Protection Regulation、一般データ保護規則)を採択したのを皮切りに、デジタル分野のルール形成を非常に積極的に進めてきました。わけても2019年にUrsula Gertrud von der Leyen(ウルズラ・フォン・デア・ライエン)氏を委員長とする欧州委員会が発足してからというもの、デジタルサービス法(DSA : Digital Services Act)[1]、デジタル市場法(DMA : Digital Markets Act)[2]、データ法(Data Act)[3]、AI法(AI Act)[4]といった法制化を一気に進めています。デジタル法制の枠組みを「データ」「プラットフォーム」「AI」という三つを軸に再構成するとも言える大きな動きです。

 デジタルサービス法(DSA)は、デジタルサービス上で流通する違法・有害情報に対してプラットフォーマー、SNS事業者などがどのように対応すべきか、社会全体に悪影響を及ぼす偽情報や誤情報などに関してどのような責務を負うのか――ということを定め、プラットフォームに関わる既存のルールを抜本的にオーバーホールしたものです。
 デジタル市場法(DMA)は、巨大プラットフォーマーが便利なサービスを提供している価値を認めつつ、様々なレイヤーでの独占・寡占が無制限に進む状況に歯止めをかけ、多様な事業者による自由闊達なイノベーションを起こすことが可能な環境づくりを目指したものです。従来の競争法に基づく「事後規制」から、積極的に「事前規制」をかけていく方向に大転換を図っています。インターネットのエコシステム全体に影響を与えるような法制になっています。
 データ法、AI法は、最近のEUデジタル政策の潮流を示すものだと思います。というのは、GDPRやDSA、DMAは米系プラットフォーマーが強いデジタルレイヤーに焦点を絞った「デジタルレイヤーにおけるルール作り」であったのに対して、最近の欧州委員会は「サイバー・フィジカル連携」、すなわち現実空間にデジタル技術が染み出してくる部分に関するルール形成に熱心に取り組んでいるのです。
 例えばデータ法は、インターネットに繋がったIoT(Internet of Things)デバイスから生成されたデータの利活用ルールについて、利用者側がデータを取り戻すためのルール、あるいは第三者に移転する場合のルールを包括的に規定しています。また、サイバーレジリエンス法(Cyber Resilience Act 、2027年施行見込み)は、デジタル要素を含んだすべての製品について広範なセキュリティ対策の義務を定めようとしています。
 そして、サイバー・フィジカル連携を意識したEU法制の最たるものがAI法です。今後、様々な製品やサービスにAIが使われ、組み込まれるようになると、これまでは想定しなかったようなリスクが生じる恐れがあります。サイバー領域とフィジカル領域の両方で利用者の基本権を保護する必要があるという強い問題意識が背景にあります。
 日本政府が第5期科学技術基本計画(2016年1月閣議決定)で提唱した未来社会コンセプト「Society5.0」[5]は、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」と定義されています。フィジカルなモノづくりは日本が強みを持つところであり、サイバーフィジカルシステム(CPS)の構築にしっかりと食い込んでいくことが日本の国家戦略として示されています。
 その意味でも、EUの法制化動向からは目が離せなくなっています。

ルール形成における「ブリュッセル効果」の持続力は?

菊池 一連の規制・規律・フレームワーク作りを推進するEUのインセンティブはどこにあるのでしょうか。

生貝 直人 一橋大学大学院 法学研究科ビジネスロー専攻 教授

生貝 一つは、欧州各国が重視する基本権の保護の考え方です。個人データ保護や消費者保護というものを憲法レベルで規律していることが背景にあり、それをデジタルの環境でも実現しようとしているわけです。
 もう一つは、EU独特の“事情”というのがあります。新しい技術に対して、EU加盟27カ国およびEEA(European Economic Area、欧州経済領域)加盟国がバラバラにルール作りを始めてしまうと、単一市場というものが成立しなくなってしまいます。一つの大きな市場を作り、それをもって世界と伍していくというのがEUの基本的な立場、戦略としてある以上、デジタル分野においてもこれを強力に推進することが求められているのです。
 加えて、GDPR以降、デジタル分野の世界的な「ルール形成」で主導的立場を確保していこうという強い意志が見て取れます。Anu Bradfordが書いた『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか』(原題:The Brussels Effect: How the European Union Rules the World)[6]に象徴されるように、ベルギーのブリュッセルに本拠を置くEUの官僚たちが極めて自覚的に追求しているように思います。
 実際、個人情報保護法の世界では、EU域外のほとんどの国の立法がGDPRを参照し、その差分で語られるようになりました。そうした状態が、デジタルサービス法(DSA)、デジタル市場法(DMA)、データ法(DA)、AI法(AIA)についても広がっていくのか、広がらない部分があるのならそれはどこか――。非常に興味深いところだと思っています。
 2024年の注目ポイントは、6月の欧州議会選挙です。また、年内には欧州委員会の陣容が丸ごと変わります。デジタル関連の法案がラッシュ的に成立しているのは、現体制のうちにできる限り決着を付けようという意図があるからでしょう。新体制では、DSA、DMA、AIAといったEUデジタル法制全体をいかにスムースに執行・運用していくか、デジタルプラットフォーマーが実際のビジネス行動をどのように変えていくのか、といったところが大きな焦点となります。
 そして、GDPR以降、「ブリュッセル効果」と呼ばれるほどルール形成パワーを持つに至ったEUが、今後もその影響力を発揮し続けるのか。我が国でもDSAやDMAを参考にした法改正が進みつつあり、同様の動きは他の各国にも波及しています。EUルールの実効性が、国境を越えてどこまで強固なものになっていくか、今後の動向が大変気になるところです。

日本はブリュッセルに堂々と意見を言うべき

菊池 私がずっと抱いてきた問題意識として、「ICT領域において、日本が全く独自のルールを形成する意義があるのか、EUのルールに適合すれば良いのではないか」というものがあります。例えばEUのAIルールに日本が追随することになったとして、どのようなポジションを取るべきなのか、日本らしさを出す“差分”としては何を置くべきなのかについて、いかがでしょうか。

生貝 国境を越えてグローバルに広がるデジタル空間に対して、国ごとに独自のルールを作ることの困難性というのが高まってきていることは確かです。既に我が国のここ数年内の立法――個人情報保護法しかり、プラットフォーム関連のルールしかり――において、先行的にルール形成されたEU法に適合するといっ た傾向はあり、今後も広がっていくであろうと思います。
 他方で、やはり国によって事情が異なるという部分もあるわけです。得意とする産業分野が違うとか、厳格な法規制よりも緩やかな自主規制の方が導入しやすい国内事情があるとか、国ごとに様々です。例えば、2022年6月に公布された「デジタルプラットフォーム取引透明化法」(正式名称:特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律)[7]は、(主に海外の)プラットフォーマーと我が国のステークホルダーとの間の「対話」を重視した枠組みになっています。また、コンテンツに関わる規制になると国・地域ごとの文化の違いによって色合いが違ってきます。「グローバルな共通ルール」を作る大きな流れがあるからこそ、改めて各国ごとの特殊性や特異性は何なのかを見極める必要性が高まっています。
 そして、事実上、我が国のルールの大枠がブリュッセルで作られるのだとしたら、民主主義を実質的に担保するという観点からも、我が国のステークホルダーがしっかりとブリュッセルに意見を言っていくことの重要性がますます増していきます。グローバルなルール形成環境に我が国が積極的に関与していくための人材の育成、体制の整備も急ぐべきです。

答えはハードローとソフトローの間にある

菊池 そうした状況下で、AIやグローバルプラットフォームに関する日本政府の政策スタンスはどうあるべきでしょうか。

生貝 EUのAI法のような包括的な規律・枠組みを今後どうしていくのかは、大きな焦点になってくるでしょう。
 言及しておきたいのは、EUが次々に法制化を進めているといっても、決して「ハードロー」一辺倒ではなく「ソフトロー」の要素もうまく組み入れているということです。我が国の場合、法律で細かく規定するハードローか、ガイドラインのようなソフトローでいくのか、二分法の議論になりがちなのですが、EUは両極の中間領域の開拓に長けており、蓄積も豊富です。
 AI法はその集大成と言え、「共同規制」的な様々な要素を包含しています。AI法は4段階に分けたリスクに応じて規制内容を定めていますが、「高いリスク(High Risk)」のあるAIに課せられる義務・規制の内容については民間の標準化団体を指定し、マルチステークホルダー方式で具体化していく「整合規格(Harmonized standards)」と呼ばれる手法を採り入れました。生成型AIは「汎用目的AI(general purpose AI、GPAI)」として分類され、同様の手法によって行動規範を定めることになっています。
 「許容できないリスク(Unacceptable Risk)」としては、弱者の脆弱性につけこんで被害を与えたり、サブリミナル効果によって行動に影響を与えたりするようなAIの使い方を特定し、それらはハードローで明確に禁止します。「限定的なリスク(Limited Risk)」「「最小限のリスク(Minimal Risk)」については、情報開示を義務付けたり、任意の行動規範にとどめたりと、重みづけを大きく変えています。
 0か1ではなく、その間のどこかに答えがあるというEUのアプローチは、日本の政策当局も参考にすべきだと思います。

出所:欧州委員会ウェブページ(AI Act | Shaping Europe’s digital future)
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/regulatory-framework-ai

 もう一つ、ホリゾンタル(横)とバーチカル(縦)の両面の視点をもって、ハードロー、ソフトローを使い分けていくことが重要だと思います。日本のAIガイドラインは分野横断的にホリゾンタルな網をかけるところにとどまっていますが、EUでは政治広告やディープフェイクといった個別具体的な課題についてAI法とは別に縦軸の規制をかけるといった柔軟な対応をしています。そうした分野横断的課題と個別課題の両面から丁寧な議論をすることが、我が国のこの1年くらいの重要な課題になってくると感じています。
 特に、規制の大枠を法律で定めつつ詳細を事業者の自主的取り組みにゆだねる「共同規制」の手法は、今後日本でも多用されていくことになるでしょう。そこで重要になってくるのが「透明性の確保」です。事業者からデータの提供を受けることを含め、しっかりモニタリングをしていく。政府、市民団体、アカデミアなど様々なステークホルダーを巻き込むことが重要です。2024年2月に発足した「AIセーフティ・インスティテュート」[8]のようなモニタリング組織も重要な役割を果たすでしょう。欧州委員会も同様の「AI Office」[9]を立ち上げました。そうした国家、市場・ビジネス、市民社会、アカデミアによる新しい協力関係が様々な形で模索されている状況にあるのだと思います。
 そうした中で、法がどのような役割を果たすべきか、というところに戻ってくるのです。共同規制やソフトローがうまく回っているのかどうかを評価可能とし、マルチステークホルダーによる改善を進めていくためには、従来とは異なる法の枠組が求められます。規制するか、規制しないかということではない、新しい法の役割が求められているように思います。

国家安全保障という“磁場”がアメリカを動かす

菊池 デジタルのルール形成に懸命なEUに対して、アメリカの規制や振興などの政策動向について特筆すべきことは何でしょうか。

生貝 アメリカのAIに対する規制枠組みはソフトローを基本的前提としてきましたが、2023年10月に発令された「人工知能(AI)の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令(Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence)」[10]で初めて法的拘束力のある行政措置に踏み込みました。これは非常に大きな動きだと思っています。
 具体的には、4.2節で、国防生産法(Defense Production Act of 1950)に基づき、デュアルユース基盤モデル(Dual-Use Foundation Models)を開発する企業に対して、その開発計画、セキュリティ対策、安全性テストの結果などについて連邦政府への報告を義務付けました。デュアルユース基盤モデルが悪用されると、CBRN(科学、生物、放射線、核)兵器の設計・組立・入手を容易にしたり、強力なサイバー攻撃を可能にしたりといった、国家安全保障上の重大な脅威をもたらす恐れがあるとしています。
 アメリカにおいても、学者や市民団体などの中には「EUのような法制化が必要だ」という議論が根強くあります。その火を点けたのはやはりGDPRです。ただし、連邦の立法コストは非常に高いのでハードルも高い。しかも、国内にデジタル技術のグローバル企業が集積しているというお国事情もあり、なかなか進捗が見られませんでした。
 ところが、国家安全保障ということになると、特別な“磁場”を持ったフィールドでもあり、大統領の権限も絶大です。まずは国家安全保障を正面に出して規律を打ち立て、他の様々なリスクに対応できる枠組みを作ったというのがこの大統領令の中身だと理解しています。

菊池 アメリカでは、コンテンツや情報の流通、知的財産権などについて、様々なクラスアクション(集合代表訴訟)が起こされています。カリフォルニア州やニューヨーク州の訴訟の結果が、いつの間にか世界のビジネスを左右する基本ルールになってしまうという部分もあるように感じています。

生貝 立法による規制、司法による判断を含めたアメリカのスタンダードが、デジタルプラットフォームのプラクティスを通じて世界に影響を与えるということが確かに起こっています。例えばYouTubeやGoogleの違法コンテンツへの対応は、世界的に「デジタルミレニアム著作権法(DMCA : Digital Millennium Copyright Act)」がベースになっています。著作物のAI学習利用に関しては、「フェアユース」という無許諾利用を認める例外規定が根拠の一つになってきましたが、2023年12月に米ニューヨーク・タイムズ紙がオープンAIとマイクロソフトを提訴し、大量の記事が無断でAI学習用データとして使われたことに対する損害賠償などを求めました。こうした米国内での裁判の判例が、グローバルでのサービス提供に与える影響は大きいと思います。
 他方、著作権分野においても“ブリュッセル効果”の影響力が高まっていることは間違いありません。EUは「デジタル単一市場著作権指令(CDSM指令 : Copyright in the Digital Single Market Directive)」の4条で、商業的な目的での著作物のAI学習利用に関して、著作権者によるオプトアウトを保障しています。またAI法案では、汎用目的AIの提供者はそうした著作権法のルールを尊重・遵守して運営し情報公開することを定めており、著作権法を行政規律で補強するような形での規律の枠組みを構築しています。
 著作権法は基本的に属地主義ですが、行政規律的なものは域外適用が可能であり、実際に欧州はそうした手法を駆使してきました。ルール形成を主導する欧州と、デジタルプレーヤーの本拠地であるアメリカ――その二大勢力がこれからも様々なかたちでせめぎ合いを続けていくことになると思います。

動き出したグローバルサウス

菊池 欧米以外の国々でのAIに関する政策動向で注目すべき動きはありますか。

生貝 中国では、国家インターネット情報弁公室(CAC)が2022年にディープフェイクに対する規制をかけ取り締まりを強化したほか、2023年8月には「生成AIサービス管理暫定弁法」を施行しました。その内容は、欧米で議論されているものと多くの点で共通しています。競争法によるプラットフォーマー規制を含めて、中国のデジタルルールは民対民の関係においてはそれほど特殊なものではありません。
 他方、やはり国家が関わるところに関しては特別な“磁場”を持っており、わけても国家体制の批判・転覆に関わるような表現の流通は認めないという断固たる姿勢が、AI規制の中でも見て取れます。民対民のルールという部分では、様々な国際協調の可能性はあります。しかし「国家」が関わる部分についてのハーモナイゼーションは引き続き大きな課題として残ると思います。
 グローバルサウスの動きも活発化しています。昨年ごろから、アフリカ連合開発庁(AUDA : African Union Development Agency)が中心となりアフリカ全体でのAI戦略枠組の構築を進めています[11]。先進国が作ったルールを一方的に受け入れる側から脱却しようという気運がグローバルサウス各国において高まっていると見ています。それに関する調査・分析も進んでいます。『The Brussels Effect』のAnu Bradfordは続編の『Digital Empires: The Global Battle to Regulate Technology』[12]を、ジョージタウン大学のAnupam Chanderらは『Data Sovereignty: From the Digital Silk Road to the Return of the State』[13]を2023年に相次ぎ上梓しました。いずれも、米・中・EUのデジタル分野におけるグローバルな主導権争いを描いたものですが、そこに、それ以外の国々がどのようにからんでくるかという図式が非常に詳細に描かれています。スーパーパワー同士のせめぎ合いの中にグローバルサウスを巻き込みながら、競争が続いていくのだろうと思います。
 そうした中で、G7(主要国首脳会議)の枠組みでは、2023年5月に開催された広島サミットで我が国が中心になって「広島AIプロセス」[14]を立ち上げ、安全、安心で信頼できる高度なAIシステムの普及を目的とした指針と行動規範からなる初の国際的政策枠組みとして「広島AIプロセス包括的政策枠組み」がとりまとめられ、G7首脳に承認されました。また、OECD(経済協力開発機構)は2015年頃から常にAIの国際的規範作りの場となり、2019年5月には「人工知能に関するOECD原則(OECD Principles on Artificial Intelligence)」[15]に42カ国が署名しました。G7やOECDといった場での擦り合わせが今後も様々な形で続いていくと思います。  さらに、欧州評議会(CoE : Council of Europe)のAI委員会(Committee on Artificial Intelligence)で検討が進んでいるAI条約(Framework Convention on Artificial Intelligence, Human Rights, Democracy and the Rule of Law、人工知能・人権・民主主義・法の支配に関する枠組条約)[16]の動向には要注目です。世界初の法的拘束力を伴うAI条約で、欧州評議会に加盟する欧州46カ国に加え、日本、アメリカ、カナダ、メキシコ、アルゼンチン、コスタリカ、イスラエル、ペルー、ウルグアイなどもオブザーバー国として議論に参加しています。
 このようにして、様々な場で、様々な関係者が加わり、ルール作りが確実・着実に進んでいくのだと思います。

「ビフォー生成AI」と「アフター生成AI」で規制対象が一変

菊池 ありがとうございます。少し話題を変えたいと思います。インターネット商用化から30年以上が経過しました。生貝先生にとって、その間の変化で最も象徴的な事象は何ですか。

生貝 第一に、2000年代後半から本格化してきたデジタルプラットフォームの影響力の拡大です。
 インターネットは元々、エンド・ツー・エンドで、中央的な管理者がいない、パーミッションレス型イノベーションの土台であり、2000年代前半までは実際そのように回っていました。ところが、2000年代後半くらいから、インターネット上の情報流通の相当程度がソーシャルメディアで行われるようになり、イノベーションはアプリストアのパーミッションを得て提供されることが中心になってきました。2010年代に入ると、デジタルプラットフォームの巨大化・寡占化がもたらすリスクの側面が認識されるようになってきました。事実上、社会基盤としての役割を果たし始めているからには、それ相応の責務、透明性、アカウンタビリティを求めるべきではないかという議論が急速に高まり、それがここ10年くらいのデジタル法制整備の焦点になってきたわけです。
 第二に、やはり生成AIです。
 「ビフォー生成AI」のAI規制論は、個人情報やプライバシー、プロファイリング(個人の情報を収集・分析し、性質・嗜好・行動を予測すること)による差別などによって発生するリスクを念頭に置いていました。それは、当時のAIは基本的に「情報を処理する機械」であったからです。
 生成AIは、まさに「情報を生成する機械」になりました。これは非常に大きな変化でした。僕のような情報法を専門とする研究者は、これまで人間から生成される情報についての法を考えてきたわけです。ところが、「アフター生成AI」の時代では、機械が生成する情報が、社会で流通する情報の大半を占めるようになる状況が現実味を帯び始めてきています。人間がつくるものと機械がつくるものが本格的に競合する時代になってきた。著作権法は何に対して適用すればよいのか、情報のビジネスモデルの担い手は誰なのか、民主主義を支えるジャーナリズムを人間の代わりに機械が担えるのかなど、AIと法の考え方を、ビフォー生成AIの時代とはかなり異なる観点から見直す必要が生じています。

誰がインターネットをアーカイブするのか?

菊池 生貝先生はデジタルアーカイブに関する研究にライフワークとして取り組んでいますが、知の基盤としてのデジタルアーカイブを世界はどのように構築していくべきでしょうか。

生貝 僕の本業は「フローの情報」を見ることです。どんな情報がどのように生み出され、流通していくのか、情報法や情報政策に関わる人間の関心事は基本的にそこにあります。一方、「ストックの情報」も非常に重要です。デジタル技術によって保存され、長い時間軸にわたってアクセスできるようにしておくデジタルアーカイブは後世に引き継ぐべき人類の共有財産です。ただ、これは営利で担うことが多くの場合難しいので、公的な関与を含めて持続可能な仕組みを創り出す必要があります。
 現在のデジタル政策が直面している課題として、人間ではなく機械が生み出すコンテンツが急速に増える時代に入った今、情報の確かさを検証するファクトチェックは、何を参照すればよいのかということがあります。信頼できるのかできないのか分からない情報が爆発的に増える中で、信頼できる情報をそうではないものと区別してアーカイブしておかなければ、情報空間は大混乱に陥ってしまいます。インターネット上にデジタルアーカイブを構築し、信頼できる情報を供給していくことがとても重要になっているのです。
 あえて論点として提起したいのは、NHKが70年にわたって蓄積してきた映像コンテンツをどうするかです。世界水準の信頼できる知識の集積であると言えますが、現状ではその多くにネットでアクセスすることもできず、倉庫の奥で死蔵されています。これは国民的損失ではないかと思います。
 根が深い問題は「インターネットのアーカイブ」です。国立国会図書館が公的ウェブの記録に取り組んでいる以外、我が国ではインターネットの歴史をシステマティック、網羅的にアーカイブしている組織・機関がどこにもないのです。アメリカでは「Internet Archive」という民間非営利団体が世界中のウェブサイトをクローリングし保存していますが、こうしたインターネットの記憶を遺す基盤を我が国でどう構築していくかも、そろそろ本格的に考えていくべきではないでしょうか。

インターネットの未来を次世代に託すためにできること

菊池 最後に、デジタル技術は今後10年でどのように社会経済システムを変えると予想しますか。

生貝 素直にお答えするならば、過去30年間、インターネットはそれほど大きく変わっていない気もしています。電子メールは今でもインターネットで使っている時間のかなりの部分を占めていますし、2000年代初頭に出てきたmixi(ミクシー)やGREE(グリー)と、2024年現在のFacebookやX、Instagramを比べてみても、本質的なところであまり違いはないように思います。
 根本的な変化、わくわくするような変化、社会変革を楽しめるような変化が、そろそろ起きてくれるといいなと思います。それを僕たちが予想することは非常に難しいのだと思います。だから、そうした変化を創り出してくれるデジタル人材を次世代の若い層に増やしていくべきだと思います。僕らの世代が次の世代のためにできることは何かを真剣に考えたい。
 デジタルアーカイブもそうです。それは「今」のためにではなく、10年後、30年後、50年後の「未来」のためにつくるものだと思います。インターネット黎明の30年を生きてきた僕たちが、次の世代に何を残したいのか、何を実現してもらいたいのかを、そろそろちゃんと考える時が来ているように思います。

菊池 次世代に託すインターネットの未来について、私も真剣に考えたいと思いました。ありがとうございます。

◇       ◇       ◇

【対談を終えて】
 「①インターネットによる国内外区分の形骸化、②無線技術の進歩による有線無線区分の形骸化、③通信技術の進歩による通信放送区分の形骸化、④デジタルによるコンテンツのネットワーク流通化など、情報通信と知的財産の法制度に関する従来の前提が激変しており、これからの情報通信や知的財産を一国の制度でどこまで規律可能なのか検討する必要がある。新たな制度は①国際的な調和 ②技術中立性の確保 ③技術基準の最小化を理念に設計されるべきである。」
 上記は2007年に生貝先生とともに在籍していた慶應義塾大学大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構で菊池が発表した内容の要旨だが、ブリュッセル効果とAI普及により、日本のデジタル法制とEU法制との連携の必要性を改めて強く認識した。
 ただし、日本政府全体としてはアメリカ政府の手前、EUに寄りすぎることも現実的には難しく、生貝先生の指摘するグローバルサウスの進展を踏まえて、どのような戦略的ポジションを取ろうとするかは、個別法制の研究とともに求められる重要な政策マターである。(菊池)

 

ダウンロード(pdf)

 


<参考情報>

[1] The Digital Services Act、European Commission
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/europe-fit-digital-age/digital-services-act_en

[2] About the Digital Markets Act、European Commission
https://digital-markets-act.ec.europa.eu/about-dma_en

[3] Data Act: Commission proposes measures for a fair and innovative data economy、European Commission
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1113

[4] Shaping Europe’s digital future、European Commission
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/regulatory-framework-ai

[5] Society 5.0、内閣府、
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

[6]  『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか』、アニュ・ブラッドフォード著、2022年、白水社刊
https://amzn.asia/d/1fRCD6S

[7] デジタルプラットフォーム取引透明化法、経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digitalplatform/

[8] AIセーフティ・インスティテュートの設立について、内閣府、2024年2月
https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20240214.html

[9] European AI Office、European Commission
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/ai-office

[10] Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence、The White House、2023年10月
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2023/10/30/executive-order-on-the-safe-secure-and-trustworthy-development-and-use-of-artificial-intelligence/

[11] https://www.nepad.org/blog/taking-continental-leap-towards-technologically-empowered-africa-auda-nepad-ai-dialogue

[12] 『Digital Empires: The Global Battle to Regulate Technology』、Anu Bradford,2023/9/26
https://amzn.asia/d/eGsNeKN

[13] 『Data Sovereignty: From the Digital Silk Road to the Return of the State』、Anupam Chander, Haochen Sun、2023/12/15
https://amzn.asia/d/gfa83VV

[14] 広島AIプロセス
https://www.soumu.go.jp/hiroshimaaiprocess/

[15]  42カ国がOECDの人工知能に関する新原則を採択、OECDホームページ
https://www.oecd.org/tokyo/newsroom/forty-two-countries-adopt-new-oecd-principles-on-artificial-intelligence-japanese-version.htm

[16] CAI – Committee on Artificial Intelligence
https://www.coe.int/en/web/artificial-intelligence/cai